盛岡地方裁判所 昭和33年(ワ)180号 判決 1962年11月29日
原告 大野貞吉
被告 岩手中央バス株式会社
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告訴訟代理人は、「一、被告が昭和三三年七月一〇日付書面でなした原告に対する解雇の意思表示は無効であることを確認する。二、被告は原告に対し金一、三八三、二九一円ならびに内金七一、〇〇〇円に対する昭和三三年九月六日以降、内金七八七、七〇〇円に対する昭和三五年四月一日以降、内金五二一、六六八円に対する昭和三六年四月一日以降いずれも支払ずみに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一、被告岩手中央バス株式会社(以下被告会社と略称する)は肩書地に本社を置き、バスによる旅客運送を主たる営業目的とする株式会社であり、原告は被告会社より昭和三三年五月一日同会社主事に採用され、直ちに被告会社紫波営業所長を命ぜられ、以来その勤務に従事していたものである。しかるに原告は同月一六日には早くも被告会社より右営業所長を解き本社営業課勤務を命ずる旨の転勤命令を受けたが、右命令は後記のとおり無効なものであるから、原告はこれに従わず引続き紫波営業所長として勤務を続けていたところ、被告会社は同年七月一一日原告に到達した同月一〇日付書面で原告の無断欠勤一〇日以上におよぶことを理由に同会社従業員就業規則第三九条及び第四八、第五〇条に基づき解雇予告手当支給のうえ原告を解雇する旨の意思表示をなし、同月一五日解雇予告手当ならびに未払給与と称する金員合計三五、三一〇円を原告に送付してきた。
二、しかしながら被告会社の原告に対する前記解雇の意思表示は、その解雇事由たる無断欠勤の事実がなかつた点において当然無効である。すなわち被告会社の原告に対する前記転勤命令は、次に述べるとおり実質的には就業規則第四九条にいうところの懲戒処分としての降職に相当する。
そもそも被告会社々則によれば、その従業員は職員及び雇員の二等級に分かれ、職員は主事、技師、書記、技手、書記補の五段階に区別され、原告はそのうちの主事に相当する。また右就業規則第三条第七号第二六条等によれば、主事をもつて充てられる各課の課長ならびに営業所の所長はその所属従業員の所属長としてこれを指揮監督する権限を与えられており、原告もまた右営業所長として所員を指揮監督する権限を有していたものである。しかるに右転勤命令により原告は営業課長の監督の下に平社員として勤務することとなり、主事から書記に格下げされるとともに従来被告会社給与規程第九条第四号により支給されていた役付手当月額五、五〇〇円及び従業員旅費支給規程第五条により支給されていた一般従業員より高い課所長としての旅費を支給されなくなり、結局その分だけ給与も減額されることになつた。従来の例をみても昭和二七年に馬場広が、昭和二八年に大志田新太郎がいずれも紫波営業所長より、また昭和三三年八月には小林時雄が河南営業所長より、それぞれ本社営業課付に転勤を命ぜられているが、右転勤命令は右三名に使い込み等の不正行為があつたため懲戒処分として営業課勤務に降職せられたものであつた。
右に述べた事実に照らすと、原告に対し紫波営業所長を免じ本社営業課勤務を命じた前記転勤命令は地位の降下を意味する降職であり、就業規則第四九条に定める懲戒処分の一種であることは明らかである。
しかしながら就業規則第四八条によれば、被告会社が従業員の懲戒処分を行うには服務上の義務違反等同条所定の事由に基くことを要するところ、原告は無断欠勤はもとより同条所定の懲戒事由に該当する行為は全くなく、前記営業所長に任命されたことを非常に喜び、その勤務に精励していたのである。故に前記転勤命令は原告に右規則所定の懲戒事由がないのに懲戒処分たる降職をした点において無効である。
しかも労働協約第七八条によれば組合員を懲戒処分に付するにあたつては、事前に組合と協議する旨の規定があるにも拘わらず、被告会社は前記転勤命令を発するにあたり右手続を全く履践していないから、この点においても前記転勤命令が無効であることは明らかである。
三、そもそも当時の被告会社々長高橋功、副社長須藤績は原告を右営業所長に任命はしたものの内心はその就任をよろこばず直ちに原告をその地位から追うことを企図していたものであつて、右転勤命令はその手段とするためことさら原告の承服しがたい措置をとつたものである。そうだとすると原告は右転勤命令後も依然紫波営業所長の地位を有するところ、同営業所には昭和三三年八月二日被告会社において原告の執務を事実上不可能ならしめるまで毎日出勤していたものであり、欠勤したことにはならないから、前記転勤命令の有効を前提として、原告が本社営業課に無断欠勤したことを理由とする被告会社の解雇の意思表示もまた無効なものである。
四、仮りに前記転勤命令が降職ではないとしても、右命令により原告は紫波営業所長としての役職を解かれたのであるから、それは就業規則第四九条にいうところの懲戒処分の一種である解職に相当するのであるが、原告には就業規則第四八条所定の懲戒事由はなく、又右の解職処分は所定の懲戒手続を踏んでいないこと前述のとおりであるから、右解雇は無効である。
五、よつて原告は被告会社に対し、前記解雇の意思表示が無効であることの確認と、昭和三三年五月二一日以降昭和三六年三月三一日までの原告が紫波営業所長として受くべかりし未払諸給与金合計一、三八三、二九一円(その明細は別紙のとおり)及び請求趣旨第二項記載のようなその一部の金員につき各その支払を請求した翌日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三被告の答弁ならびに主張
一、請求原因一の事実は原告に対する転勤命令が本社営業課勤務を命じたものであること、右命令が無効であることを除いてすべて認める。右転勤命令は原告に対し本社営業部勤務を命じたものである。
請求原因二の事実のうち、被告会社の職制が原告主張のような主事以下の五段階に分れていること、原告が右転勤命令により役付手当五、五〇〇円を支給されなくなること、被告会社が原告に対する転勤命令を発するにあたり事前に被告会社の従業員組合と協議しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
二(一) 被告会社が原告に対して紫波営業所長を免じて本社営業部勤務を命じたのは、被告会社の営業上の都合による配置換えに過ぎず、解職でないのはもちろん被告会社従業員就業規則にいう懲戒処分としての降職とは全く関係のないところである。右転勤命令にいう営業部勤務というのは、原告を営業課長の指揮監督の下におくものではなく、従前の主事の身分を保持させたまま営業課のほか観光課等の五課を総括する営業部長に直属させ、その職務としては営業部全体を指揮監督する同部長を補佐することが予定されていたのであり、もとより原告に支給される本給や旅費の支給基準には変りはなかつたのである。もつとも役付手当は、課長営業所長等の役付職員に対する手当として支給される性質上営業部勤務となれば当然支給されなくなるが、このことは前記転勤命令がその実質において降職になるかどうかには無関係である。
(二) 被告会社が原告を本社営業部付に配置換えするに当つては次の事情も考慮せざるを得なかつた。
(1) 原告は紫波営業所長として勤務中、しばしば午前八時の始業時刻を無視して午前一一時頃出勤したり午後には理由もなく職場を離れたり、その勤務状態は不良であつた。
(2) 被告会社のバスに乗車中停留所以外の場所に勝手に停車を命じて降車し他の乗客に迷惑をかけたり、大勢の乗客の面前で従業員を叱るなどしたため、地方の有志利用者及び営業所内の運転手、従業員らに悪感情を与えていた。
三、原告は被告会社が原告の転勤について事前に組合と協議しなかつたことをもつて労働協約に定める懲戒手続を踏んでいないと主張するが、右に述べたとおり前記転勤命令は実質上も懲戒処分でないことが明らかである以上懲戒のための手続の有無が問題になる余地のないことはいうまでもなく、そもそも労働協約第五条によると、主事ないしは営業所長は当然に非組合員である旨規定されており、当時営業所長主事であり、転勤命令後も主事の身分を保有する原告には労働協約の適用はない。故にこの点からも原告の主張は理由がない。
四、原告を解雇するに至つた理由及び手続は次のとおりである。
(一) 原告は昭和三三年五月一六日前記転勤を発令されながら、同年七月に至るも本社営業部には出勤せず、且つその旨届出もしなかつた。原告はその間紫波営業所に出勤したというが、配置された部署に社命に反して出勤しない以上これを正当な服務と認め得ないのは当然である。故に原告の右の行為は就業規則第三九条第三号の「無断欠勤一〇日以上に及ぶとき」に該当するほか、第四八条第一〇号の懲戒解雇事由にも該当するので、被告会社は就業規則第三九条もしくは第五〇条にもとづき原告を解雇したものである。
(二) 被告会社が従業員に支給する賃金は、前月一六日から当月一五日迄として毎月一五日にその計算を締切り、二五日に支払う定めになつている。そこで被告会社は原告が紫波営業所長として正当に勤務した昭和三三年五月一日から一五日迄一五日間の本給及び役付手当計一五、二五〇円及び転勤発令後の同月一六日以降はすべて無断欠勤として給与規程第一三条四項第四条により計算した本給日額の五日分四、八一〇円のほか、就業規則第三九条に従い解雇予告手当として平均賃金三〇日分三〇、五〇〇円(本給二五、〇〇〇円、役付手当五、五〇〇円)合計三五、三一〇円を昭和三三年七月一五日原告方へ送金して支払つた。故に被告会社が原告に支給すべき給与はすべて清算支払ずみである。
第四立証<省略>
理由
一、被告会社が肩書地に本社を置き、バスによる旅客運送を主たる営業目的とする株式会社であり、原告が昭和三三年五月一日同会社に入社、主事に任命され紫波営業所長勤務を命じられてその職に就いたこと、同月一六日原告に対して本社への転勤命令が出されたが、原告が右転勤命令を無視して無届で一〇日以上本社へ出勤しなかつたこと、被告会社は原告が右転勤命令に従わなかつたことをもつて一〇日以上に及ぶ無届欠勤であるとして就業規則第三九条及び第四八、五〇条に基き同年七月一一日原告に到達した同月一〇日付書面により解雇予告手当を支給して原告を解雇する旨通告してきたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、(一) 原告は前記転勤命令は懲戒処分たる降職であるところ、原告には懲戒を受くべき事由がなくその懲戒手続も労働協約に違反するから無効であると主張するので先ず右転勤命令が実質上降職であるか否かについて判断するに、成立に争いのない甲第一号証中の被告会社従業員就業規則によると、就業規則第四八条第四九条において被告会社は従業員が服務上の義務に違反する等一定の事由ある場合にこれに対し懲戒処分としての降職をなし得ることを認めているが、いうところの降職が何を意味するかについては同規則はなんら明言するところがない。しかし成立に争いのない乙第一、二号証に証人高橋梅次郎の証言によると被告会社の経営組織は、本社においては、常勤取締役のもとに調査企画室、庶務課、会計課及び営業部があつて、各室部課長は常勤取締役の命を受け所属の従業員を指揮監督して主管事務を処理し、営業部は営業部長のもとにこれを補佐する次長がおかれ、同部の主管事務はさらに営業課、観光課等の六課に分掌されて、その各課長は常勤取締役のほか営業部長の命をも受けて所掌事務を処理する定めであり、一方、本社とは別に被告会社の営業区域内には盛岡営業所紫波営業所その他三カ所の営業所が配置され、各営業所長は常勤取締役及び営業部長の命を受け所員を指揮監督して所務を掌る定めであること、被告会社従業員の資格は特別職及び普通職に大別され、普通職は職員及び雇員に分かれ、職員はさらに主事を最高として以下順次技師、書記、技手及び書記補の五等級に区別されており、前示の各課所長の職務は概ね右の主事をもつて充てられる慣例であることが認められる。そこで右就業規則にいう懲戒処分たる降職の合理的意義を以上認定の被告会社の職制を基礎として考察すると、先ず職員たる従業員が前示の主事以下の特定の資格等級から他のより低い資格等級に降下せしめられる場合が右の降職に該当することは疑問の余地のないところであり、次にかかる資格の降下を伴わない場合でも、前示のとおり、部長次長課所長等被告会社の業務管理の命令系統に一致する各職務の上下の序列において高位の職務から低位の職務に配置換えされることもまたこれに含まれるものと解するのが相当である。そして成立に争いのない乙第三号証に前記証人高橋梅次郎の証言によれば、前示転勤命令は原告の主事の資格はこれを保持させつつその紫波営業所長の職を解いて本社営業部勤務を命じたもので同部営業課勤務を命じたものではなく、しかも右転勤後の原告の給与は従前どおりの本俸月額二五、〇〇〇円を給されるとともに、営業部勤務を命じられた者の職務内容は営業部長以上の命のみを受け同部長の職務全般を補佐するものであつて、営業課長の指揮下に立つわけではないことが窺われる。
そうだとすると、前記転勤命令をもつて実質上前示就業規則にいう降職に該当すると認める余地はないから、原告の主張は失当であるといわねばならない。
(二) もつとも、右転勤命令は原告を、その直接の指揮監督に服する所属従業員を有する営業所長の職務からかかる所属員のない職務に転ぜしめるものであることは右認定から窺われ、かつこれに伴い原告が従来かかる管理職たる営業所長として支給されていた役付手当月額五、五〇〇円の給与を受け得なくなることは当事者間に争いのないところであるが、前述した降職の意義に照して考えると右事実は前記認定を妨げるものということはできない。
また、原告は右転勤後は旅費の支給額が減額される旨主張するが、前述した降職の意義からすれば右主張事実自体前記転勤命令をもつて降職でないとする前示認定と矛盾しないのみならず、前記甲第五号証中の被告会社旅費支給規程によると、同会社の旅費支給の基準は「課所長及び三〇号俸以上の次長職長」と「右以外の次長以下従業員」により相異するが、右転勤命令の前後を通じて原告の前示本俸額が三〇号俸以上であることは前記被告会社給与規程に照らし明らかであり、かつ前記のとおり原告が課所の次長以下の地位に格下げされたとは認められないのであるから、右の三〇号俸以上の職員として従前どおりの基準による旅費が支給されると解するのが相当である。よつて右主張もまた採用できない。
なお弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二、第七号証、前記乙第三号証、証人大野やゑ、同高橋梅次郎(その一部)、同伊藤与右衛門、同高橋功の各証言、原告本人尋問結果の一部ならびに被告代表者の尋問結果の一部を総合すると、被告会社の一部幹部間には以前から重役の地位をめぐつて対立があり、そのため昭和三二年頃一時取締役の地位を追われたことのある被告会社代表取締役須藤が株主総会決議無効確認の訴まで提起して争つた際、同人と時を同じくして被告会社取締役の地位を去つた原告は、須藤に組してこれと行動を共にしたため、須藤はその労をねぎらう意味もあつて、自分が取締役として復帰する場合には原告を営業所長程度の役につける旨約束していたこと、そこで須藤はその後被告会社に復帰して副社長となるや、自ら強く推挽して原告を紫波営業所長に発令したものの、取締役時代の原告には停留所外で被告会社のバスから降車するなどその地位にふさわしくない言動があつたため、須藤としては、当初から原告を営業所長の適任者とは考えず長くその地位におくつもりはなかつたところ、たまたま、一部株主間等において原告の営業所長就任を問題視する空気の生じていることを知るや、社長高橋功、専務取締役高橋梅次郎に諮つて株主従業員らの間に右人事に対する強い反対があるとの理由のもとに右発令後僅々二旬を出てない同月一六日早くも原告に対し紫波営業所長の職を解き、具体的職務内容は定めないままに前記営業部勤務を命じたものであることが認められる。以上の経過からすると、前記転勤命令は被告会社の業務運営上の必要に基づく等その発令を相当とする合理的理由を認め難く、むしろ前示の相次ぐ採用、転勤発令の経過によつて見ると、被告会社の原告に対する処遇はさながら地位を具に原告を弄んだ観をすら呈し、いささか当を失するものであつたといわねばならないが、右事情が前記認定を左右するものでないこともまたいうまでもない。
その他前記降職ではない旨の認定を覆えすに足りる証拠はないから、結局前記転勤命令が懲戒処分としての降職であることを前提とする原告の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
三、次に原告は前記転勤命令により営業所長という役職を解かれ、平職員になつたのであるから右転勤命令は就業規則第四九条にいう懲戒処分たる解職に該当する旨主張するが、前記第四九条は六種の懲戒処分を定めそのもつとも重いものを解職とし、同第五〇条が前条を受けて懲戒解雇の手続を規定しており、右の趣旨を総合すると懲戒処分としての解職とは懲戒解雇にほかならないと解せられ、前認定の転勤命令が解雇でないことは明らかであるから原告の主張は理由がない。
四、従つて被告会社の前記転勤命令が懲戒処分たる降職または解職であることを前提とするその無効の主張はいずれも失当であり、被告会社従業員たる原告は右転勤命令に応じて本社営業部へ赴任出勤する義務あるものである。しかるに原告が同年七月に至るも無届で同部に出勤しなかつたことは当事者間に争いがないから、原告の右行為は就業規則第三九条第三号所定の予告解雇事由たる一〇日以上の無断欠勤に該当することは明らかであり、右行為が無断欠勤に該当しない旨の原告の主張は失当である。よつて右主張を前提に被告会社の原告に対する昭和三三年七月一〇日付解雇の意思表示が無効であるとする原告の主張は理由がない。
よつて原告の右解雇の意思表示の無効確認を求める請求ならびにそれを前提として未払諸給与の支払いを求める請求はいずれも失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 須藤貢 金田育三 鈴木経夫)
(別紙省略)